伊藤詩織事件36回目です。
「ブラックボックス」はネタの宝庫です。
まだまだネタは尽きません。
今回も支離滅裂・・・・
失礼・・・・
伊藤詩織マジック全開でお送りいたします。
ボランティアのホストファミリー?
1年間の長期に渡ってボランティアでホストファミリーをしてくれる家庭は存在しません。
27、28頁(文庫31、32頁)
しかし、それで聞き入れるような性格の娘でないことは、両親もよく知っていた。どうにか方法はないか調べたところ、友人が教えてくれた、アメリカの一般家庭がボランティアでホストファミリーをしてくれる留学プログラムに辿り着いた。
これならなんとか、自分で仕事をして貯めた資金内で収まる。しかし、このプログラムでは、自分の行きたい場所は選べなかった。自己紹介文に「動物と自然が好き」と書くと、私はカンザス州に送られることになった。
この記述がありますが
アメリカの一般家庭がボランティアでホストファミリーをしてくれる留学プログラム
このようなプログラムは調べましたが存在しません。
もっと言えば存在の可能性すらありません。外国人を無料で長期間下宿させてくれる家庭は当然ですが存在のしようがありません。
ホストファミリーという名称では分かりづらいと思いますが要するに下宿です。
このようなプログラムが存在するというのであれば証明してください。
ところが31頁(文庫35頁)
一年が過ぎた。帰る時には、皆と大泣きで抱き合った。
この記述があります。
要するに伊藤詩織の最初のアメリカ留学生活は一年間だったと書かれているのです。
このような長期間、無料で、しかも外国人を下宿させてくれるプログラムは存在する可能性すらありません。
ところが、そこはさすが伊藤詩織です。
ホストファミリーの変更?
30頁(文庫34頁)
ホストファミリーも何度か変わり、
この記述があります。
一年間の留学中に何回か引っ越しているようです。
カンザス州とありますが、私のような一般人には知る術もない特殊な留学プログラムを利用しているようです。
アメリカ人に漢字が読めるのでしょうか?
再度28頁(文庫31、32頁)
自己紹介文に「動物と自然が好き」と書くと、私はカンザス州に送られることになった。
アメリカ留学を希望を申し込んでいるにもかかわらず
自己紹介文に「動物と自然が好き」と書くと
「ブラックボックス」には書いています。
アメリカ人に
「動物と自然が好き」
この文字が読めるのでしょうか?
私なら
「I like animals and nature.」
このように書きます。
これは私の英語力でも訳せます。
このあたりも伊藤詩織マジック全開といったところでしょう!
カンザスでの不可解な出来事の数々
28、29、30頁(文庫32、33、34頁)
日本から飛行機を乗り継ぎ、最終的には窓側に席が一列ずつしかない飛行機に乗り換えた。
やっと着いたと降りようとした時には「ここじゃない、君が降りるところは次だ」と呼び止められた。この小さな飛行機は、バスのように幾つかの飛行場を回って、最後に私の目指す村近くの飛行場についた。
人気のない飛行場に降ろされ、迎えに来てくれるはずの誰かを眠気に襲われながら待った。チューインガムなのか、床を拭くための洗剤なのかわからないが、やけに甘い香りの立ち込める、空港とは呼べないその飛行場の一角で、笑顔で迎えてくれた老婆を見た時は、ホッとしたことを覚えている。
最初に私を迎え入れてくれた家族は、移動式の家に住んでいた。トレーラーハウスと呼ばれるその家は、カンザスの何もない更地にあった。とてもいい人たちで楽しかったが、同時に金銭的に裕福ではないだろう彼らが、どうして私にのことをボランティアで受け入れてくれるのか、謎でしょうがなかった。
そのうちに、ハウスダストだったのか、今までなかったことのないアレルギー症状で喘息気味になり、家を移ることにことになった。
今度は、牛を三百頭以上飼っている家であった。家のゲートでスクールバスから降りると、そこから玄関に着くまで徒歩で十分かかった。周囲は、見渡す限り目で確認できるもののないほどの広い土地だった。私がテレビで知っているアメリカとは程遠い景色が、限りなく広がっていた。
当時日本でも人気だったアメリカの青春ドラマ『The O.C.』や、そのリアル版『ラグナ・ビーチ』を見て思い描いていた高校生活だった。しかし、カルフォルニアの高級高級住宅街や海辺で繰り広げられる恋と友情物語とはかけはなれ、週末はロデオ大会、牛追いの手伝いに追われる生活が始まったのだ。最初はコントロール不能な馬に跨り、振り落とされまいとへばりついているだけだったが、数週間もすると、体の一部のような感覚で乗れるようになった。
当初、学校の授業ではさっぱり何が行われているのかわからなかった。とにかく日本は中国の一部だと同級生が思っていたことがわかり、日本にもマクドナルドがあると言うと、みんな目を丸くして驚いた。
突如現れた言葉のわからない宇宙人のような私と、みんなは最初距離をおいた。当時私が日本の家族に連絡できる手段は、日本から持って行ったコレクトコールのカードを使い、電話交換を通して通話することだけであった。
このカードが終わってしまったらもう話せないと思い、めったに電話もできなかった。ホストファミリーも何度か変わり、どこにいても宇宙人、居候であることに孤独を感じた。しかし、部活を始めると、不思議なくらいチームメイトと打ち解けることができたのは、スポーツの素晴らしいところだ。友達も増えた。
三ヶ月もすると、まったくわからなかった授業にもついていけるようになり、なんとか日本へ追い返されないだけの成績のラインも保つことができた。
しかし、ここはあまりにも外部から閉ざされた村だった。州から出たこともないのに、アメリカが一番だと思っている仲間たちの中で、外部との繋がりや情報を強く求めるようになり、国際的なニュース番組を、喉の渇きを癒すように見た。
伊藤詩織はどこの空港で入国審査を受けたのでしょうか?
この魅力溢れる文章の中にも伊藤詩織ならでは記述があります。
28頁(文庫32頁)
日本から飛行機を乗り継ぎ、最終的には窓側に席が一列ずつしかない飛行機に乗り換えた。
伊藤詩織は日本からどういう経路でアメリカに入国したのでしょうか?
アメリカに入国するには入国審査が必要です。最初に着いたアメリカの国際空港で入国審査が行われていなければなりません。
ところが伊藤詩織は入国審査をどこの空港で受けたのか。これすら書いていません。
日本語を話せるアメリカ人の謎?
28頁(文庫32頁)
やっと着いたと降りようとした時には「ここじゃない、君が降りるところは次だ」と呼び止められた。
アメリカの方が
「ここじゃない、君が降りるところは次だ」
このように日本語で呼び止めることができるのでしょうか?
「Not here, the place where you get off is next.」
このように英語で呼び止められなければおかしいのですが?
これはGoogle翻訳を利用しました。
英語が話せないのにアメリカ留学をしていることの謎?
伊藤詩織は留学開始時、英語が話せなかったと29頁(文庫33頁)に書いています。
当初、学校の授業ではさっぱり何が行われているのかわからなかった。
要するに伊藤詩織はこの時点では英語で呼び止められても意味が理解できなかったのです。
これも伊藤詩織マジックでしょう!
初めて訪れた外国の土地で迎えを待つ間に眠気に襲われています。
28頁(文庫32頁)
人気のない飛行場に降ろされ、迎えに来てくれるはずの誰かを眠気に襲われながら待った。
この部分も伊藤詩織ならではです。
伊藤詩織は初めて訪れた人気のない知らない外国の土地の飛行場で迎えを待つ間、眠気に襲われているのです。伊藤詩織はこの時15、16歳です。とんでもない度胸の持ち主です。
私のような小心者には不可能なことです。
28頁(文庫32頁)
空港とは呼べないその飛行場の一角で、笑顔で迎えてくれた老婆を見た時は、ホッとしたことを覚えている。
眠気に襲われるほどの度胸の持ち主にもかかわらず
ホッとしたことを覚えている。
このような記述を一般的な日本語では矛盾と言います。
しかし、この「ブラックボックス 」の著者は伊藤詩織です。この記述にも整合性を取った見事な説明ができることは間違いがないでしょう。
どうやって老婆がホストファミリーであることを理解したのでしょうか?
この部分には伊藤詩織ならでの文章テクニックが駆使されています。
それは、この記述であれば
28頁(文庫32頁)
笑顔で迎えてくれた老婆
これではホストファミリーの方であることが確認できません。
空港とは呼べないその飛行場の一角で、「Siori Ito」(伊藤詩織)のプラカードを掲げているのを確認して、笑顔で迎えてくれた老婆を見た時は、ホッとしたことを覚えている。
空港とは呼べないその飛行場の一角で、「Siori Ito」と呼ばれる声を聞いて、笑顔で迎えてくれた老婆を見た時は、ホッとしたことを覚えている。
このような文章でなければ不可解です。
これも伊藤詩織マジックでしょう!
無料でホストファミリーをする家庭は存在しません
ホームステイの実態は外国人の下宿です。
最初に私を迎え入れてくれた家族は、移動式の家に住んでいた。トレーラーハウスと呼ばれるその家は、カンザスの何もない更地にあった。とてもいい人たちで楽しかったが、同時に金銭的に裕福ではないだろう彼らが、どうして私にのことをボランティアで受け入れてくれるのか、謎でしょうがなかった。
私も謎でしょうがありません。
ホームステイという言葉では分かりにくいですが、要するに下宿です。しかも外国人です。
上記していますが無料で外国人留学生をホームステイ(下宿)させてくれるプログラムは存在の可能性さえありません。
さらに、この部分で伊藤詩織は
28頁(文庫32頁)
どうして私にのことをボランティアで受け入れてくれるのか
このように、この家庭がボランティアであったと「ブラックボックス」に書いているのです。
しかし、そこは伊藤詩織です。この謎を見事に説明できるのでしょう。
これこそ伊藤詩織マジック!
ホストファミリーの変更には留学プログラムを運営する組織の許可が必要です
伊藤詩織はアレルギー症状の原因を突き止めていません。
28、29頁(文庫32頁)
そのうちに、ハウスダストだったのか、今までなかったことのないアレルギー症状で喘息気味になり、家を移ることにことになった。
この記述も非常に深い味わいのある表現です。
アレルギー症状が起こったのであれば病院へ行きます。
ところが伊藤詩織は病院へ行くこともなく。
アレルギー症状の原因も突き止めることもなく。
何事もなかったかのように違う家庭に移っています。
伊藤詩織は日本人です。
当然ですがアメリカの留学プログラムを利用してアメリカの高校に留学しているのです。
ハウスダストによるアレルギー症状が事実であったとしても留学プログラムを運営している組織に対して事情を説明して認められなけらばホストファミリーの変更はできません。
さらにいえばアレルギー症状の原因を突き止めなければ違う家庭に移っても同じ症状が出る可能性があります。アレルギー症状が、その家独自にものであれば問題はありません。しかし、その土地の問題であった場合、違う家庭へ移ってもアレルギー症状は改善されません。
これは花粉症で考えれば分かりやすいと思います。
ゲートから歩いて10分もかかる場所に家を建てるバカはいません。
29頁(文庫33頁)
今度は、牛を三百頭以上飼っている家であった。家のゲートでスクールバスから降りると、そこから玄関に着くまで徒歩で十分かかった。
この部分の記述も非常に興味深いものがあります。
アメリカは大陸国家なので日本では考えられなほどの広大な土地を所有して農業を営んでいる方がいらっしゃいます。
この家庭もそのようなところなのでしょう。
東京ドーム何個分と表現していただけると日本人である私は分かりやすのですが。
それは置いといて、このような家庭では、そもそも家のゲートはありません。あるとすれば牛が逃げないように有刺鉄線が張り巡らされているだけです。
大仁田厚であれば突っ込みます。
さらに、このような家庭でも生活の必要性から敷地内の比較的道路に近い場所に家は建てられます。このように道路から歩いて十分もかかる所に家を建てるバカはアメリカにはいません。
伊藤詩織お得意の矛盾した記述
矛盾ではなく伊藤詩織マジックでしょう!
29頁(文庫32頁)
私がテレビで知っているアメリカとは程遠い景色が、限りなく広がっていた。
当時日本でも人気だったアメリカの青春ドラマ『The O.C.』や、そのリアル版『ラグナ・ビーチ』を見て思い描いていた高校生活だった。
この部分の記述も伊藤詩織ならでは深い味わいを醸し出しています。
これも一般的な日本語の表現で言えば矛盾となります。
伊藤詩織は29頁(文庫32頁)
私がテレビで知っているアメリカとは程遠い景色が、限りなく広がっていた。
このように自身が知らない景色を見ていると書いているのです。
ところがその直後に
同29頁(文庫32頁)
当時日本でも人気だったアメリカの青春ドラマ『The O.C.』や、そのリアル版『ラグナ・ビーチ』を見て思い描いていた高校生活だった。
このように思い描いた、要するに知っている生活であったと書いているのです。
あくまでも一般的な日本語の表現で言えば矛盾になります。
しかし、なんと言ってもこの本の著者は伊藤詩織なのです。
この記述に対しても整合性を取った説明ができることは間違いがないでしょう。
伊藤詩織マジック!
このブログを読まれた方は私の意見を鵜呑みにしないでご自身で「ブラックボックス」を読んで判断をしてください。
まだまだネタはありますよ!
当然ですが
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