令和3年9月21日
控訴人本人山口敬之
伊藤詩織さん(呼びかけ)、
伊藤詩織さんは、「あの夜の寿司屋のトイレから、翌朝5時頃ホテルで目を覚ますまでの記憶がない」と主張しています。本人が「記憶がない」と言っている事について、第三者がその主張を覆すのは、大変難しい。
しかし、記憶を無くす前と後についての主張には、たくさんの明らかなウソや矛盾があります。
例えば、伊藤さんは覚えている最後の記憶として、「寿司屋のトイレの給水タンクに頭をもたせかけた」と言っています。しかしあの寿司店のトイレには給水タンクはありません。代わりに木の板で作った飾り棚が設(しつら)えてあるので、便器に腰掛けた状態で頭を預けて眠る事は不可能です。
この事から、伊藤さんは実際には存在しない物を、記憶の中での創り出し、それがあたかも事実であるかのように思い込む傾向がある事がわかります。実際の伊藤さんは、トイレから出た後裸足で店内をうろつき、他の客の隣に座って話しかけるなど、いわゆる酔っ払い客として、迷惑行為をしました。これは私だけでなく、寿司店の店主もはっきりと証言しています。店主にとって、そんなウソをつくメリットはどこにもありません。
要するに、あなたは自ら飲みすぎて悪酔いし、しかもその記憶も飛んでしまった、単なる酔っ払いだったのです。
そんな事は、人間であればよくある過ちです。それなのに、「私はお酒が強いから酔い潰れる事は決してなく、だから薬を盛られたに違いない」という自己肯定に終始し、手前勝手な理屈を立てて、「山口敬之にデートレイプドラッグを盛られた」と世界中で宣伝しました。
おかげで私は世界中の人から、怪しげな薬を女性に飲ませて暴行する、卑劣な人間だと思われています。
私は人生で一度もそんな事をした事はないし、そもそもデートレイプドラッグという薬の存在すら、あなたの訴えで初めて知りました。
あなたは今、ジャーナリストを自称しています。それならば、私が薬を盛ったという証拠を示して下さい。さもなければ、証拠や証言のない、作り話に過ぎなかったという事を、今この場で認めて下さい。それが、根拠の全くない事で著しく名誉を毀損された私に対する、最低限の罪滅ぼしです。あなたが、ジャーナリストとして真実を語る勇気を持つ事を希望します。
そして、あなたが「記憶が戻った」と主張している、朝5時以降のウソについても、今ここではっきりと、ウソだと認めて下さい。あの朝、目覚めたあなたは完全にシラフでしたから、「記憶がはっきりしない」という言い訳は成り立ちません。あなたは、私から「意に反した性的暴行を受けている最中に目が覚め、バスルームに逃げ込んだ」と主張しています。それならば、なぜ、バスルームの正面にあった館内電話で助けを呼ばなかったのですか?
また、あなたは著書の中で、私に窒息させられ、膝に大怪我を負わされ、乳首から出血させられたと、大変細かい描写で書き連ねています。それならば、
(1)警察に提出したブラジャーから、ルミノール反応が出ていたはずですが、なぜその点には触れないのですか?
(2)なぜ自分をレイプし、大怪我を負わせ、殺しかけた男のTシャツを、素肌に着る事ができたのですか?
(3)膝に脱臼寸前の大怪我を負わされたのに、なぜ防犯カメラに映ったあなたは、膝を庇う事もなく、大股で普通に歩いているのですか?
(4)「意識が戻った状態で、性的暴行と物理的傷害の被害を受けた」という、明らかなレイプ被害の直後なのに、なぜフロントで被害を訴えなかったのですか?
(5)意識がある状態で性的暴行を受けたのに、なぜ強姦でなく準強姦で訴え出たのですか?
あなたも知っている通り、あの朝普通に目覚めたあなたは、普通に身繕いをし、普通に私と会話し、「ブラウスが生乾きだから、Tシャツを貸して下さい」と私に依頼し、それを着て普通に出て行きました。だからこそ、ごく普通に歩いている様子が、防犯カメラ映像に、しっかりと捉えられているのです。そして、だからこそ、あなたは2日後、私に「お疲れ様でした。無事にワシントンに戻られましたか?」という、ごく普通のメールを送ってきたのです。
あなたは朝の出来事についてもまた、自分の記憶を自分で書き換えてしまい、ありもしない被害を、創り出してしまった。ありもしない給水タンク、ありもしないレイプ被害、ありもしない膝の大怪我。あなたのウソと思い込みで、私は社会的に殺され、取り返しがつかない被害に苦しめられています。
第一審では、「意図せざる性交による混乱が原因」として、伊藤さんの主張のたくさんのウソと矛盾を許容しました。しかし、例えば、膝を怪我をしたのか、しなかったのかという事は、記憶の混乱で片付けられる次元の問題ではありません。
伊藤さんが主張するような、膝に脱臼寸前の大怪我を負った人は、治るか鎮痛剤を投与するまで、激痛が続くというのが、膝の専門医の統一的見解です。
伊藤さんが、私を貶めるために膝の怪我を捏造したという事を、あの防犯カメラ映像が明確に示しています。
しかも、その映像と合致するカルテには、伊藤さん側の申し立てによって、個人情報とは無関係な部分にも閲覧制限がかけられたままです。
高等裁判所の皆様には、世論の圧力に屈する事なく、真実に目を向けていただけると信じています。
そして、あなたは自らの記憶改変を、証拠の隠蔽や歪曲によって糊塗する技術も持っています。
例えば、著書や各種メディアでの発信では、「お疲れ様メール」の存在は隠しています。
他のメールは余さず公表しているのに、なぜあのメールだけ著書から省いたのですか?
それはもちろん、あの朝、ごく普通のやり取りをしたのち、ごく普通にホテルを出て行った事を補強する、あなたにとって都合の悪い真実だからです。
あなたはあの夜、私に「何年かかってもいいから、山口さんのような、はっきりとジャーナリストと名乗れるような人間になりたい」と、熱心に語ってくれました。
ところがあなたはその2年後、すでに一角(ひとかど)のジャーナリストになっていました。そして2018年には、孤独死を扱ったドキュメンタリー作品を監督し、ニューヨークフェスティバルの銀賞を受賞しました。さらに、改造オートバイレースに熱中するペルー軍兵士を取材したドキュメンタリーにもカメラマンとして参加し、スポーツ&レクリエーション部門で銀賞を受賞しました。
私は1990年にTBSに入社し、報道カメラマンとしてテレビニュースの仕事を始めました。だから、映像報道の仕事がどれだけ大変か、よく知っています。特にドキュメンタリー制作は、舞台芸術で言えばオペラのようなものです。取材・映像・音声・編集の全てにおいて、しっかりとした基礎と、長い経験と、相当な資金がなければ、国際的な賞を受賞する事など絶対にできません。
私がドキュメンタリー作品のカメラマンを任せてもらえたのは入社7年目、犯罪被害者の調査報道でした。わずか5分の短編でしたが、それでも一つ一つの映像に一貫した制作者の意図が表現されていなければならず、高い撮影技術とジャーナリストとしての経験が求められる作業でした。ドキュメンタリー番組の制作を総指揮する監督の役割が出来る様になったのは、入社17年目の事でした。
ところが、2015年にジャーナリストになりたいと言っていたアルバイトの学生が、わずか2年あまり後に、国際的な賞を2つ、監督とカメラマンとして同時受賞したというのです。あなたは、記憶の改変という手法を使って、私を攻撃した上で世間に名を馳せ、今は偽りと虚飾の世界に生きています。それはあなたの選択であり、勝手にすればよろしい。
しかし、そのウソは、白日の元に晒される日が必ず来るでしょう。
ジャーナリズムの世界に天才はいません。経験と努力だけが、優秀なジャーナリストを生み出します。
あなたがもし、本当にジャーナリストになりたいと思っているなら、誠実に真実に向き合う事を選択するはずです。
それならば、今からでも遅くはないから、少なくともデートレイプドラッグを盛られた証拠は全くないという客観的事実と、朝の暴行など全くなかったという真実に、正面から向き合って下さい。
以上